終・始業式(9月22日)
前期期末考査も終わり、令和7年度も半年が経過しました。 9月22日には終・始業式が行われ、放送による校長講話(以下内容掲載)を全校で聞き、新たな気持ちで後期のスタートをきりました。
◆ 終始業式 校長講話
前期期末考査も終わり、本日から後期となります。
前期の終業式と後期の始業式を兼ねて、放送にて終始業式を行います。
皆さんには、この終始業式を前期の半年間を振り返り、その振り返った内容をもとに、後期の半年間の見通しをもってスタートするための時間として欲しいと思います。
さて、後期をスタートするにあたり、「なぜ山に登るのか?」という言葉に対する2人の答えを紹介したいと思います。
もっとも有名な答えは、英国の高名な登山家ジョージ・マロリーの「そこに山があるから。」でしょう。このことばは皆さんも耳にしたことがあると思います。
では、もう一人の答えを紹介しましょう。
それは、生態学者であり、登山家であり、また日本の霊長類研究の創始者として知られる今西錦司の答えです。
彼は、「向こうに山が見える。その山に登ったら、また向こうに高い山があった。だから次々と山に登ります。」と答えたそうです。
「なぜ山に登るのか?」という同じ問いであるにもかかわらず、二人の登山家の答えは全く違うものでした。
これから進路決定に向けて受験を控えている3年生、また新人戦等の各種大会を控えている1・2年生の皆さんは、どちらの答えに共感しますか?
「なぜ受験するのか?」「なぜ大会に出場するのか?」「なぜ勉強するのか?」
これらの問いに対して、「そこに受験があるから。」「そこに大会があるから。」「そこに授業があるから。」と答える人はいないでしょう。
このことから、この問いが「学びの本質」を問うものであることがわかります。
今西錦司のことばを「学び」の視点から捉え直してみましょう。
「一生懸命勉強してある地点に到達する。するとそこからしか見えない新たな視界が開けてくる。そしてその視界の向こうにあるものを目指して、また次の一歩を踏み出す。」
この営みの連続が「学ぶ」ということの本質です。
ここまで、今西錦司のことばを手掛かりに「学びの本質」を考えてきました。
ここで再び、最初に紹介したジョージ・マロリーに話を戻したいと思います。
彼は、別の機会に「なぜ山に登るのか?」という同じ質問をされて、次のように答えたそうです。
「ただ単に、達成衝動を満足させたいだけであり、この先に何があるか目で確かめたいという、抑えきれない欲望が、人の心には脈打っている。」
ジョージ・マロリーの二つの答えを比較してみると、明らかにこちらの答えこそが、彼の思いが込められたものでしょう。
彼の答えには、「挑戦者」としての強い思いが伝わってきます。
そう考えると「そこに山があるから」という答えが、名言として語り継がれていることは、彼にとって決して本意ではないでしょう。
では、まとめに入ります。二人の「なぜ山に登るのか?」という問いに対する答えは、「挑戦者」の強い思いと「学びの本質」を示唆するものでした。
今日から始まる後期では、ぜひ、皆さんに、「受験」に向けての学習、部活動の練習、日々の授業を通して、「達成衝動を満足させる」という挑戦者の強い思いを起点として、 今まで経験したことのない高みに到達し、そこからしか見えない視界の向こうにあるものを目指して一歩を踏み出す、そんな時間を過ごしてほしいと思います。
皆さんの一層の飛躍を期待しています。